物理学物語(大人向け)

超伝導の発見からBCS理論へ:極低温が解き明かした量子物質の新状態

Tags: 超伝導, BCS理論, 低温物理学, 物性物理学, 量子力学, 応用技術

驚異の現象:電気抵抗がゼロになる世界

私たちが普段使用する電線は、電気を流す際にわずかですが抵抗を持っています。この電気抵抗は、電流が流れる際に熱としてエネルギーを失わせる原因となります。しかし、もし電気抵抗が完全にゼロになる物質が存在するとしたら、どうでしょうか。エネルギー損失なく電力を供給したり、非常に強い磁場を作り出したりすることが可能になります。

このような夢のような性質を持つ物質、それが「超伝導体」です。特定の物質を非常に低い温度に冷却したときにのみ現れるこの現象は、20世紀初頭に発見され、その後、物理学に新たな扉を開き、現代技術にも欠かせないものとなりました。

この記事では、超伝導現象がどのように発見されたのか、そしてその謎を解き明かした画期的な理論であるBCS理論とはどのようなものか、さらにそれが現代社会にどのように応用されているのかをご紹介します。

極低温科学のパイオニア:ヘイケ・カメルリング・オンネスと超伝導の発見

超伝導現象が初めて観測されたのは1911年のことでした。発見者はオランダの物理学者、ヘイケ・カメルリング・オンネス(Heike Kamerlingh Onnes)です。

オンネスは、極低温を作り出す技術のパイオニアでした。彼は、気体を圧縮・膨張させることで温度を極限まで下げる装置を開発し、1908年にはヘリウムの液化に成功しました。これは、当時の既知の物質の中で最も沸点の低いヘリウムを液体にするという、科学技術上の大きなブレークスルーでした。これにより、絶対零度(約マイナス273.15度)に限りなく近い、4.2ケルビン(約マイナス268.95度)という超低温状態での物質の性質を調べることが可能になりました。

オンネスは、様々な物質の電気抵抗が温度によってどのように変化するかを研究していました。当時の常識では、温度が下がると金属の電気抵抗は小さくなりますが、不純物などによる「残留抵抗」のため、絶対零度でも有限の値を持つと考えられていました。

しかし、1911年に水銀の電気抵抗を測定していた際、彼は驚くべき現象に遭遇します。水銀の温度を4.2ケルビンまで下げたとき、電気抵抗がそれまで徐々に減少していた状態から、突然、測定限界以下にまで消失してしまったのです。これは、単に抵抗が小さくなったのではなく、文字通りゼロになったことを示唆していました。オンネスはこの現象を「超伝導(Superconductivity)」と名付けました。

この発見は、当時の物理学の常識を覆すものでした。電気抵抗がゼロになるという現象は、当時の電子論では説明がつかなかったからです。

謎深まる超伝導:マイスナー効果と理論的課題

超伝導は単に電気抵抗がゼロになるだけでなく、もう一つの重要な性質を持っています。それは「マイスナー効果」です。1933年、ドイツの物理学者ヴァルター・マイスナーとロベルト・オクセンフェルトは、超伝導体は内部から磁場を完全に排除することを発見しました。つまり、超伝導体を磁場中に置いたまま冷却して超伝導状態にすると、超伝導体の内部からは磁力線が追い出されるのです。これは、磁石の上に超伝導体を置くと、超伝導体が浮揚するという形で目に見ることもできます。

電気抵抗がゼロであれば、超伝導体の周りに電流を流し続けることで磁場を発生させることはできますが、外部から与えられた磁場を能動的に排除するというマイスナー効果は、抵抗ゼロだけでは説明できない、より深い物理現象であることを示唆しました。

オンネスの発見からマイスナー効果の発見を経て、超伝導体は「電気抵抗ゼロ」と「マイスナー効果」という二つの特徴を持つ物質として認識されるようになりました。しかし、これらの現象がなぜ、そしてどのように起こるのか、その微視的なメカニズムは長らく謎のままでした。多くの理論家がこの問題に挑みましたが、古典的な物理学の枠組みでは説明が不可能でした。超伝導は、量子力学が深く関わる現象であることが示唆されていました。

待望の理論:BCS理論によるメカニズムの解明

超伝導の微視的なメカニズムがようやく解明されたのは、発見から約46年後の1957年のことでした。ジョン・バーディーン(John Bardeen)、レオン・クーパー(Leon Cooper)、ジョン・シュリーファー(John Schrieffer)の3人のアメリカ人物理学者によって提唱された理論は、彼らのイニシャルをとって「BCS理論」と呼ばれています。

BCS理論の画期的なアイデアは、電子同士がペアを組むというものでした。通常、電子は互いに反発するマイナスの電荷を持っています。しかし、BCS理論によれば、超伝導体の中では、電子が物質を構成する原子の振動(フォノンと呼ばれる準粒子として扱われます)を介して弱い引力を持ち、互いにペアを形成します。このペアは「クーパー対(Cooper pair)」と呼ばれます。

クーパー対は、単一の電子とは異なる振る舞いをします。電子はフェルミオンと呼ばれる種類の粒子で、パウリの排他原理に従い、同じ量子状態を二つ以上の電子が占めることはできません。しかし、クーパー対は二つのフェルミオンが結合したボソンと呼ばれる種類の粒子のように振る舞い、多数のクーパー対が全て同じ最低エネルギー状態(基底状態)を占めることができます。

この「多数のクーパー対が一体となって動く」状態が、超伝導の正体です。通常の金属では、電子は格子欠陥や不純物、原子の熱振動によって散乱され、これが電気抵抗の原因となります。しかし、超伝導状態では、クーパー対という一体となった集団が、これらの散乱源を「すり抜ける」ように運動します。クーパー対全体を散乱させるためには、ペアを壊すほどの大きなエネルギーが必要となるため、小さな電場では散乱が起こらず、電気抵抗がゼロになるのです。

また、BCS理論はマイスナー効果も自然に説明します。超伝導状態は、クーパー対が凝縮した巨視的な量子状態であり、この状態は外部磁場に対して敏感です。磁場が侵入しようとすると、超伝導体表面にそれを打ち消すような電流が誘導され、内部への磁場侵入を防ぎます。

BCS理論は、それまで謎に包まれていた超伝導現象を量子力学に基づいて見事に説明し、物理学界に大きな影響を与えました。バーディーン、クーパー、シュリーファーの3人は、この業績により1972年にノーベル物理学賞を受賞しました。特にバーディーンは、トランジスタの発明でもノーベル賞を受賞しており、史上二人だけの二度のノーベル物理学賞受賞者となりました。

現代技術への広がり:超伝導の応用

BCS理論によって超伝導現象の理解が進んだことは、その応用研究を加速させました。超伝導体は、電気抵抗がゼロであることに加えて、臨界電流密度(抵抗ゼロで流せる電流の限界)や臨界磁場(超伝導状態が壊れる磁場の強さ)といった特性を持っています。これらの特性を活かして、超伝導体は様々な分野で実用化されています。

最も代表的な応用例の一つが、強力な磁場を発生させる「超伝導磁石」です。電線に電流を流すと磁場が発生しますが、抵抗があるとジュール熱が発生し、電流を強くすると発熱量が大きくなりすぎます。しかし、超伝導体であれば、抵抗なく大電流を流し続けられるため、非常に強力かつ安定した磁場を発生させることが可能です。

超伝導磁石は、私たちの生活や研究の様々な場面で活躍しています。

他にも、高感度な磁場センサー(SQUID)、超高速のデジタル回路、電力の送電線など、超伝導の応用範囲は広がり続けています。

まとめ:物理学史上の偉大な一歩

超伝導の発見とBCS理論によるその解明は、物理学史において非常に重要な出来事でした。極低温という極限環境で現れるこの驚異的な現象は、古典物理学の限界を示し、量子力学が物質の巨視的な性質をも決定づけうることを明らかにしたのです。BCS理論は、多数の粒子が互いに協調して振る舞う「多体問題」を見事に解決した成功例の一つであり、その後の物性物理学の発展に大きな影響を与えました。

また、超伝導は、単なる基礎科学の探求に留まらず、現代社会を支える高度な技術の基盤ともなっています。MRIやリニアモーターカーなど、超伝導技術は私たちの生活や社会インフラを着実に進化させています。

オンネスによる偶然ともいえる発見から始まり、長年の理論的探求を経てBCS理論が確立され、そして現代の応用技術へと繋がる超伝導の物語は、まさに科学の進歩の好例と言えるでしょう。

現在も、より高い温度で超伝導状態を示す物質(高温超伝導体など、BCS理論では完全に説明できないものも多い)の研究が進められており、さらなる物理学の理解と技術革新が期待されています。極低温が拓いた超伝導の世界は、今もなお私たちを魅了し、未来への可能性を示し続けています。